撮影所の現場には喫煙所が二箇所あって、そのうち一つで政子さんと5番ボックスの案内人役(みんなからは姐さんと呼ばれている)が仲良く喫煙していました。
そこに、なんだかおかしな顔をしたのんちゃんが通りかかりました。
「あれ、望美ちゃんどおしたの、変な顔して」
「ホントねぇ、監督に何か言われたの?」
「姐さーん、政子さーん、どうしよう……」
「あっは、迷える子羊だよ、政子さん」
「茶化さないのー。で、何?何かあったの?」
「あのね、監督に今日ってか今言われたんですけど」
「うん」
「今日、これから知盛さんとのキスシーン撮影するって……うわぁ!どうしよう!」
「……あっはははははああぶうわぁはは」
ベテランの二人は爆笑しました。それはもう、爆笑というか化粧も崩す勢いです。このあとメイクさんに怒られます。
「知盛くんかー、それは緊張するよね」
「望美ちゃんはこれが初めてのキスシーン撮影?」
「そうなんですよぉ~だからどうしたらいいのかわかんないんですよ!歯磨きしましょうか?」
「いやいや、そこまでしなくても、ねぇ政子さん」
「そおねぇ、普通にしてればあっという間に終わるわよ」
「そそ。それにトモさんキス巧いから大丈夫だって!」
「姐さん、そういう問題じゃないです……」
「ね、望美ちゃん、まさかファーストキスとか言わないわよね?」
「や、それは違いますけど、でもなんかこう……どうしたらいいですか?」
「さぁ……普通にしてればいいんじゃないのかしら?」
「トモさんのキスは腰砕けるよーぉ。アレは生まれ持った才能と見た」
「姐さん、したことあるんですか?」
「仕事でねって、あっちでイッパチサーントリオがいるよ」
「何それ」
「ほら、政子さん、見て。あそこの三人、全員身長が183cmなんですよ。だからイッパチサーントリオ」
「アンタのネーミングセンスって……」
もう一方の喫煙所では知盛さんがぶつくさ何かを言いながら煙草を吸っています。
「いやいや、落ち着け俺。キスってただの演技だろーが」
「なんでそんなに焦ってるかな、兄貴は」
「シゲ!おま、いつからそこに」
「許されるのはテイク3までだと思うよ?」
重衡さんは衣装のままにやっと笑ったのでなんだか知盛さんと良く似ています。というかこの二人は双子かってくらい似ています。監督はよく呼び間違えます。
「アホ臭い兄貴だねぇ、こりゃこりゃ」
「うるせぇよ。大体NGなんか出すか馬鹿!トンコツ!」
「兄貴ならやりかねない。なぁ、将臣?」
「あー、まぁ、本気は出すなよ?相手は高校生だぜ、女子高校生!」
「な、おみ、てめ、誰が本気なんか……」
「あぁ、兄貴。さっきな、あっちで望美ちゃんが政子さんと姐さんと話してた」
「そっそ。お前とのキスシーンについて」
「はぁ!?何だよ、それ」
「知盛はのんちゃんがお気に入りだからー。今から緊張してるからー」
「別に緊張してねぇよ、トンコツ!」
「じゃあなんでそんなにそわそわしてるかね、このムッツリ兄貴は」
将臣と重衡は変な踊りを踊りだしそうなくらい知盛をからかっています。というかいじめています。
「バァカー」
「ムッツリー」
「なんだよそれ……!」
知盛さんはますます頭を抱えてしまいました。
キスシーン撮影は波乱万丈のようです。
(政子=ヴァージニア・スリム 姐さん=セブンスター
知盛=チェリー 将臣=ラーク 重衡=吸わない)
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