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うーん、こんな気持ち悪い題名はどうだろう、じゃんですこんばんわ。
若干私信を含んだ題名で失礼しますってか私信なら私信らしくチキンと書け! チキンじゃなかった。キチンだった。(てへ☆) 秋に熊野行きます、と言う唐突な宣言から今日もくだらん戯言が始まるわけですよ。ええ。時間が許せば大阪辺りに一泊したいなと思ってたり思ってなかったり。(どっち)大阪城が見たいだけです。秀吉に惹かれるだけです。いや、大阪いくんなら頑張って京都行って嵐山でもいいな。 無計画なので相変わらずです。あい、すい、ません! バイト行く前に某素敵(過ぎてもう大好き過ぎてどうに止まらないbyリンダ)テキストサイト様の日記を拝見いたしました。ええ、舐めるように毎日見てますよMイコ様! いやはや、かようなお言葉じゃんにはもったいなく……! 10回くらい読み返しては悦に入ってたお馬鹿で気持ち悪いコがここに居ます。 好きな文章と嫌いな(もしくは受けつけない)文章と言うのは誰しもあるでしょうが、じゃんの場合、それは「自分に終始している」文章というものがもうダメ……ってか先を読むということが出来なくなります。 技巧の巧い下手、言葉選びの的確さ云々はさておき、どうしても読み手を頭に置いていない文章はそうではない文章と一線を画していると思うのです。主題のあるなしが一番の要因だと思うのです。 読み手を常に頭の中においてある文章と言うのはえてして読みやすく、そして情景が浮かぶものなのではないか、と。そして自分が思い浮かべたことを他人に伝える手段が「描写」なんですよ、きっと、おそらく、多分、メイビー。 ここが分かれ道。 自分に終始している文章だと描写が独りよがりになって二次元の表現しか出来ない。読み手を考えた描写には立体感がある。だからその先を読むということが出来る。 喜怒哀楽を表現すること、天候の移り変わりや時間の流れをさりげなく、それで居てきちんと読者に伝えられる文章というのは読んでいて面白いし尊敬します。 えらそーなコト書いてますが、これが今のじゃんの課題でもあるわけです。特に、話の流れのことね!プロットを作るタイプの人間ではないので(むしろPCと向き合うまで何も考えてない)、ここいらちゃんとしよーぜーと。 なにが言いたいかっちゅうと、貴方の文章が好きなんです!以上の理由で。 ということです。 あー宮沢KENJIの表現力が欲しいな。 京極先生と高田先生の知識が欲しいな。 宮部先生の描写力が欲しいな。 東野先生の話の展開力が欲しいな。 折原先生の技巧力が欲しいな。 ……欲張りすぎだって話。 PR |
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